
こんにちは。東京都板橋区・アトリエ整骨院の原島です。
先日、患者さんからこんな言葉をいただきました。
「先生って、文章が上手いですね。」
LINEで配信したブログを読んでくださり、来院された時にいただいた一言です。
とても、嬉しかったです。
ただ、僕を昔から知っている方は、信じられないかもしれません。
実は僕、話すのがとても苦手です(笑)
あがり症。どもり。人見知り。
人の名前と顔が覚えられない。本が読めない。
人前で話すのが、一番苦手。
そんな僕がなぜ、毎日患者さんと向き合い、ブログを書き、院を続けているのか。
今日は少し長くなりますが、僕自身のストーリーをお話しさせてください。
──ちなみに現在は、こうしてセミナー講師として人前で話すこともあります。
20代の僕が見たら、きっと信じないと思います。


国語の偏差値40台。それでも文系トップクラスにいた高校時代
高校は、埼玉県飯能市の聖望学園。
文系の「特1コース」という、学力別クラスの一番上に在籍していました。
ただし、国語の偏差値は40台です(苦笑)。
不思議なことに、テストの点数はまったく取れないのに、作文だけはなんとなく書けていました。
得意だった英語を活かして、桜美林大学国際学部に公募推薦で合格。
ここから、僕の「遠回り人生」が本格的に始まります。
余談ですが……
国語の偏差値40台で進学校の特1クラスにいたということは、英語の偏差値とどれだけの格差があったことか(苦笑)。
それでも、帰国子女ばかりの国際学部ではまったく通用せず、入学早々に挫折感を味わうことになります。
「ボードレールは鉄道ですか?」──大学1年、人生で一番恥ずかしい日
国際学部に入ったものの、僕は世界史を勉強したことがありませんでした。
高校では日本史を選択していたからです。
1年生の基礎ゼミで、僕は最初の発表者になりました。
インターネットのない時代です。
奥多摩の実家から町田のキャンパスまで、片道2時間。
20時以降の青梅線は、1時間に1本。
限られた時間で、40万冊の蔵書の中から資料を探さなければならない。
本が読めない僕にとって、図書館はまさに未知の世界でした。
なんとか前日に資料を見つけ、聞いたこともない「レジュメ」を徹夜で作成。
しかし発表は、当然うまく話せません。
長い沈黙が続き、見かねた教授から助け舟が出ました。
教授「ボードレールって、なんですか?」
僕「……分かりません。」
教授「想像でもいいので、答えてください。」
僕「レールとついているので……鉄道でしょうか?」
失笑されました。
ボードレールは、フランスの詩人です。
あの時の光景は今でも忘れられない、人生で一番恥ずかしい瞬間です。
机の上の急須が、「書くこと」への自信をくれた
悔しさをバネに2回目の発表に臨みましたが、評価は「前回よりマシ」程度。
ところが後期になって、ゼミの内容がガラッと変わりました。
ある日、机の上に急須がぽんと置いてあり、
「これで自由に文章を書いてください」と。
僕は、七宝焼きの経験やお茶の淹れ方について、思いつくままに書きました。
発表したところ、ゼミのみんなから
「今日、一番良い発表だった」と言ってもらえたんです。
先生も、驚いた表情をされていました。
(「80度は熱すぎますよ」というツッコミはありましたが……笑)
心の中では「間違った情報ではないのになぁ」と思いながら、笑って流しました。
この時、初めて気づきました。
僕は「知識を正確に伝える」のは苦手だけれど、
「自分の体験を、自分の言葉で書く」ことなら、できるのかもしれない、と。
年間8単位の絶望の先で出会った「調べて、書いて、伝える」面白さ
1年生は真面目に単位を取りましたが、2年で少しずつ落とし始め、
3年生では年間わずか8単位という、絶望的な成績に。
4年生で追い込まれ、誰もが避ける「社会調査法(統計学)」を履修することになりました。
担当の先生から
「4年生は就活を理由に来なくなりますが、原島君はどうしますか?」
と聞かれ、
「就職活動できる状況ではないので、必ず参加します」
と答えました。
これが、大学で一番面白い授業になりました。
自分たちでテーマを調べ、文章に起こし、考察し、発表する。
今でいう、マーケティングリサーチです。
卒論よりもやりがいがあり、編集後記に「楽しい」と書いたのを覚えています。
この頃、後輩から言われた一言がありました。
「キャッチコピーとか勝手につけるの、好きですよね。
そういう仕事が向いてるんじゃないですか?」
この言葉が、20年近く経ってから効いてくるとは、この時は思ってもいませんでした。
ムチウチ、工場、画商、花屋──遠回りだらけの20代
就職活動を逃した僕は、ガソリンスタンドでアルバイトを始めました。
ところが、通勤途中で自損事故。
ムチウチと腰痛で動けなくなり、仕事帰りの母に迎えに来てもらいました。
近所の接骨院に行くと、担当の先生から
「ムチウチの人を初めて診ます」という、素人の僕にはとても不安な一言。
翌日、案の定もみ返しで動けなくなり、ガソリンスタンドを辞めました。
その後、体を治そうとプールの説明を受けに行きました。
今思うと、順番がズレてますよね(笑)。まずは治療が先です。
親戚の紹介で別の接骨院に通いながら、東芝の青梅工場で、パソコンのHDDを作る流れ作業のアルバイトに就きました。
手先が器用だったようで、「歴代最速記録が出た」と管理職の方に言われ、
「では皆さんで拍手」と、拍手だけされました(笑)。
でも、座り続けて下を向く作業でムチウチと腰痛が悪化し、ここも辞めることに。
その後は、遠い親戚の紹介で表参道の骨董通りにある画商の手伝い。
さらに、赤坂の花屋の手伝い。
花の名前を覚えたかったのは、大学時代の恋愛がきっかけでした。
花屋の手伝いから親会社の仲卸の社員になりましたが、慢性的な寝不足やミスの多さで、なかなか社会に馴染めない日々。
それでも、同業他社の仲間たちがよく遊んでくれて、
「お前のいいところは、フットワークが軽いところ!」
と言ってもらえたのが、20代後半の一番の宝物です。
28歳、頭のてっぺんに雷が落ちた日
ある日、ちょっと体を動かすだけで背中がズキッと痛む。
くしゃみでも、笑っても激痛。
同僚に「病院行きなよ」と言われ、近所の整骨院に通い始めました。
何度か通ううちに改善してきた頃、ふと先生にこう言いました。
「昔、先生のような仕事をしたかったんですよ。」
すると先生は──
「今からなればいいじゃないですか!
うちを研修先にしてもらってもいいですよ。」
頭のてっぺんから足先まで、雷が落ちたように電気が走りました。
鳥肌が立ちました。
「学校って、どこにあるんですか?」
「近いところだと、用賀の日体柔整というのがあります。」
それは、花の配達で渋滞にはまるたび、いつも眺めていた校舎でした。
翌日、社長に伝えると快諾。
両親に伝えると、
「やりたいことが見つかって、本当に良かった」
と喜んでくれました。
今でも忘れられない言葉です。
「10年修行してから」──下積みと、アトリエ整骨院の誕生
柔道整復師の学校を卒業後、恩師に「いつ開業するんだ?」と聞かれ、
「10年修行してからです」と答えました。
「長いな」と笑われましたが、本気でした。

2006年、柔道整復師免許を取得。ここから2016年の開業まで、ちょうど10年でした。
最初の就職先は、新宿・牛込柳町の整骨院。
それまでの遠回りの経験や、接客業で培ったコミュニケーション力が活き、
先輩が2人いる中、半年で副院長に昇進しました。
その後、2008年に新規開業した板橋区仲宿の「いちの整骨院」へ。
在籍中に院長となり、勉強会に通いながら技術と経営を磨き続けました。
そして2016年6月15日、アトリエ整骨院を開業。
気づけば、恩師に宣言した通り、ちょうど10年の下積みを経ての独立でした。
大学時代の伏線が、2018年に回収される
順調に売上を伸ばし、資金ができた2018年。
あるセミナーと出会いました。
セールスコピーライター養成講座。
その瞬間、大学時代に後輩から言われた言葉が、フラッシュバックしました。
「そういう仕事が、向いてるんじゃないですか?」
「これだ!」と思い、迷わず申し込みました。
ホームページの文章を自分で書けるようになり、久しぶりに
「文章を書くのが楽しい」
という感覚を味わいました。
もちろん、まったく書けない時期もありました。
それでも今は、また楽しいです。
話すのが苦手な僕が、それでも伝えられること
あがり症で、どもりで、人見知り。
人の名前と顔が覚えられない。本が読めない。
そんな僕が20年間、のべ9万人以上の患者さんと向き合ってこられたのは、
「自分の体験を、自分の言葉で伝える」ことだけは、なぜかできたからだと思います。
机の上に急須が置かれた、あの日に気づいた感覚。
あれは今も、施術室の中で生きています。
患者さんの体のわずかな変化に気づいて、
「ここ、良くなってきていますよ」と言葉にして伝える。
それは、テストの点数を取ることとは、まったく違う種類の「伝える力」です。
この遠回りだらけの人生が、誰かの参考になれば嬉しいです。
そして、もしあなたが今、体のどこかに痛みや不調を抱えているなら──
僕は、あなたの体の変化に気づける人間でありたいと思っています。
院長・原島勇人|略歴
聖望学園高等学校(文系特1コース)卒業
桜美林大学 国際学部 卒業
花き仲卸勤務を経て、日本体育柔道整復専門学校へ進学
2006年 柔道整復師(国家資格)取得
新宿・牛込柳町の整骨院にて半年で副院長に
板橋区仲宿「いちの整骨院」にて院長を務める
2016年6月15日 アトリエ整骨院 開業(板橋区前野町)
2018年 セールスコピーライター養成講座を受講
現在|臨床歴20年・のべ約9万件の施術/板橋巻き爪補正センターを併設/セミナー講師としても活動

店長「むぎ」と看板娘「おこめ」も、お待ちしています。
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アトリエ整骨院(板橋区前野町)店舗概要
| 院名 | アトリエ整骨院 (板橋巻き爪補正センター 併設) |
|---|---|
| 住所 | 〒174-0063 東京都板橋区前野町3-25-5 |
| 電話番号 | 03-6279-8183 巻き爪専用ダイヤル:070-8404-7476 |
| 営業時間 | 月・木・金 10:00〜20:00 土曜日 9:00〜20:00 日曜日 10:00〜16:30 祝日 時間不定(営業カレンダーをご確認ください) ※完全予約制 |
| 定休日 | 火曜日・水曜日・年末年始 |
| 施術者 | 原島 勇人(柔道整復師/国家資格) 臨床20年・約90,000症例 |
| お支払い方法 | 現金・各種キャッシュレス決済に対応しております。 お支払い方法の詳細はこちら |
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